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宇宙には法則があります。
物理学では引力の法則などがあるように、宇宙の精神界にも法則があります。
何も難しく考えるようなことはなく、非常にシンプルな法則で、「与えれば、与えられる」というものです。
しかも、宇宙の法則では自分の与えたものが、何倍にもなって与えられます。
少し嬉しく思う方がおられるかも知れませんが、反面恐ろしいことでもあります。
言いますのが、人の気持ちを和ませ喜ばせるような行為の結果、それが自分にいくら返ってきても嬉しいでしょうが、自分の発した憎しみや嫉妬などの否定的な感情も何倍にもなって我が身に跳ね返ってくるということです。
では、何を与えればよいのでしょうか。
自分の提供できる最高のモノを与えると良いでしょう。
それは、あなたがたくさん持っていて、人にあげたらとても喜ばれるモノで、しかも自分がもらっても嬉しいモノです。
最高のモノと聞いて、大切にしているコレクションや財産ではと身構える人がいるかもしれませんが、その人たちは自分の持っている本当の宝物に気づいていないから、そう思うのです。
本当の財産とは、愛であります。
これを聞いて、なんだそんなものかと、落胆する人がいたら、その人は、愛を、テレビや小説に登場する観念やテーマぐらいにしか感じたことがないのでしょう。
言葉だけの愛が語られることの多い現代では、愛は現実的な影響力を持たないように錯覚するのですが、実際には、経済も産業も文化も「愛」の存在なくしては成り立ちません。
これは観念論を言っているのではなく、農作物の収穫量の差、ビジネスの契約の成否の差、新製品の開発すら、そこに愛があるかどうかで、大きな数値の変化として現われます。
そこに相手を思いやる心とか動植物を思いやる心、あるいは、誠実さを基本とした「愛」があれば、世界を動かすことができるのです。
世界のシステムは、コンピューターの計算で動いているのではなく、その実は、人間の感情で動いているからです。
なかには、「わたしは愛をもって人と接してきたが、ダメだった」という人がいるとすれば、それはあなたの愛に力がないだけであり、あなたが自分の愛に力を与えてこなかったからです。
愛の本質とは、「無償の心からの奉仕」であり、与えっぱなしのもので、損得を考えて与えるようなものではありません。
ボランティアをしているから、自分は愛深い人だと思っている人の愛は、ホンモノの愛とは無縁のもので、また、相手に同情して与える愛も似ていますが、全く違います。
夫婦関係でも、無私の愛で接すれば、夫婦関係など何の問題も起こらず、さらに、自分の取り巻く環境すら自分の思うように展開してくるのです。
「与えれば、与えられる」で、しかも与えっぱなしで忘れてしまうことです。
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